絶望

生きることに絶望を感じたとき、どうすればいいでしょうか。

 

絶望とは、希望を全く失うこと、望みが絶えることです。

失恋、家庭崩壊、絶縁、孤独、仕事、解雇、貧困、破産、借金、深刻な病気、ケガなど到底自分一人の力では、どうにもならなくて希望の光が全く見えない状態になったとき、最悪自殺を選んでしまう人もおられます。

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でもこの絶望という暗い穴に入りたくて入った人は、いないと思います。

結果的にそうなってしまった場合の方が多いのではないでしょうか。

 

入院が絶望のきっかけ

入院中の同室人と医療スタッフからのストレスが、すごかった!の記事でもお伝えしているように、私の最大の絶望は、この入院での恐怖体験によるストレスで、一週間で動悸とふらつきと胸部圧迫感が始まり、入院前からの頭痛もあって、まさにこの世の地獄でした。

体が爆発しそうな感覚なのです。

その状態が何から発生しているのかという解明もなく、病院では怒られることが多く、医師やスタッフのストレスのハケ口が、患者へのいじめや八つ当たりでした。

 

初めてこの病院で診断されたときは、緊張型頭痛で入院治療2~3ヶ月と言われたので、入院までの8ヶ月間、2~3ヶ月治療を受けたら、治って自宅に帰れると希望に満ちていました。

頭痛が治ったら、元気に生活できるものと信じ切っていました。

 

入院一週間後から、動悸とふらつきが始まり、そういう症状は初めてだったので、家族とも離れ、病院スタッフからの嫌がらせが酷く、生きて自宅に帰れないのではないかと絶望しました。

私の入院生活は、希望から失望、絶望へと変わっていきました。

自分で退院することを決意

3ヶ月経って、ひどい頭痛、動悸、ふらつき、胸部圧迫感はまったく良くなることもなく、二男が膝の手術をすることになり、こんな所に居てはいけないと思い、自主退院しました。

 

迎えにきた夫と一緒に、かろうじて生きた状態で自宅に帰りました。

岡山駅で在来線から新幹線に乗り換える時、歩こうと思っても体が沈んで生き、支えられないと歩けない状態でした。

もちろん、普通座席にも座れない状態で、具合の悪い人が使わせてもらえる特別室で、横になって帰り、駅から自宅までタクシーに乗りました。

 

あの頃の私は誰が見ても、弱々しくて、まともに生きているとは言えない状態でした。

本当に苦しかったです。

もう二度とあのような状態には戻りたくありません。

 

しかし、本当の苦しみ、絶望は、それからの数年間でした。

 

ただ苦しく息をしているだけの日々

退院して自宅に戻ってきても、何一つ家事はできません。

退院の次の日に、かかりつけの診療所に行き入院中の薬などを見せ、診察してもらいました。

医師は、ストレスによる自律神経失調症だと言い、矢追インパクト療法(微量のアレルゲンエキスを皮下注射する)を勧めました。

 

3日自宅にいて、二男が手術をする静岡に行き、手術に間に合いましたが、手術中も椅子に座っていることができず、待合の長椅子に寝ていました。

病院の近くの民宿にしばらく連泊して、病院に行かない昼間も寝て過ごしました。

子どもが入院していても、ろくに世話をしてやることさえできませんでした。

 

数日して自宅に帰ってから、週に2回矢追インパクト注射を打ちに通いました。

しかし、自分で運転することもできないので、夫が仕事から戻ってから、連れて行ってもらっていました。

 

なかなか治療の効果も現れず、トイレ、お風呂、食べること以外なにもできず、テレビを観るのも、新聞を読むのもつらく、絶望のどん底でした。

本当にこの世から消えてしまいたいと願っていました。

どうぜみんな死んでいくのだから、自分からそれを望んでもいいではないかと一人で思っていました。

しかし、実行することはできませんでした。

家族にどういう陰をもたらすのかを想像すると、生きるしかないのか、どんな治療を受けたら良くなるのか、どうやったら楽になるのか、暗中模索の状態でした。

 

このような暗中模索の状態が、ずっと続き、医療機関を探し、わずかな希望を持って治療に行くという繰り返しで、なかなか良くならず、保険が効かない治療が多かったので、かかった医療費は相当なもので、12年間で36箇所の医療機関に行きました。

 

苦しいと感じているものから離れるのが一番

私は、人生の絶望を乗り越える方法とかを伝えることはできません。

その方策を持ち合わせていないからです。

ただ一つ入院状態をさっさと止めてしまえば良かった、という後悔です。

確かにこんな病院にいても治らないと見切りをつけて、その日までの入院費を払い、脱走のように退院していく若い人が、かなりいました。

当時歩けない状態で、自宅も遠く同じことを実行する勇気がありませんでした。

苦しいときは、自分を苦しめている元を絶つことしかないです。

私が解っているのは、これだけです。

 

それと、自分が病気のため生きることが苦しく、嫌という程絶望を味わったので、人の話しを聞いて、励まし慰めることはできます。

 

これを読まれて何かに苦しんでおられる人は、必ず少しでも楽になる方法がありますので、けっして悲観的にならず、誰かにあるいはどこかに、相談することを考えてみてください。

 

上記のような絶望的な日々を乗り越えようとする転機が、私にもありましたので、転機が訪れたきっかけは、あの大震災でした・・・を読んでくださいね。

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